いつものホテル。
俺の上で、ネイトが動いている。
慣れない俺に急激な負担がかからないように、最初はゆっくりしたペースで。
彼が動くたびに、ベッドが小さくきしむ。
今夜初めて、ネイトを受け入れた。
「スズ……」
繰り返し俺の名前を呼ぶ、声。
黙っていたらネイトの脳内は、リュートのことであふれてしまうんだろう。
ぼやけた視界の中で、ネイトの髪が揺れる。
俺たちは、波間を漂う頼りない小舟のようだ。
ふと俺は、『カルネアデスの板』の逸話を思い出した。
そこから派生した、よくあるたとえ話。
リュートと俺が海で溺れていて、どちらか一人しか助けられないとしたら。
ネイトはどうするだろうか。
――こいつは、何の迷いもなくリュートを救うだろうな。
そして俺は、「ああ、そうだよな」と思いながら沈んでいくんだろう。
あんまり俺、何がなんでも生き延びたいとか、ないしな。
そして守とネイトが溺れていて、リュートがどちらかしか助けられないとしたら。
――彼には選べなくて、パニックに陥るに決まってる。
ネイトは溺れていることに気づかれないよう、自分から遠くに泳ぎ去るだろう。
ぎりぎりの力を振り絞って。
残されたリュートが嘆き悲しみ、一生のトラウマにするのを知っていて。
けれど、どこかで満足して沈んでいくだろう。
「『スズ』……」
腰を遣いながら、守と同じ呼び方で、俺を呼ぶネイト。
俺の内部に、彼の存在を感じる。
それは的確に、じわじわと、体の奥底から快感を誘い出す。
けれど同時に、胸の奥が痛んだ。
――お前それ、俺が喜ぶと思ってやってんのかよ。
ちょっと、むかついたから。
俺はネイトの肩をつかみ、その耳元に囁いた。
「……『兄さん』」
END