でん六様:ドーナツタウン
(鈴哉の誕生日)
俺の18歳の誕生日は、冷え込む秋の週末だった。
予定通り、俺は実家に帰り、母さんと食事に行った。
こぢんまりした馴染みのフレンチレストラン。
母さんが離婚してから、誕生日はいつもこの店で祝ってもらう。「もうすぐ鈴哉の誕生日ね。何か欲しいもの、ある?」
先月、母さんが電話してきた。今でも高校教師として働く母は、親としても完璧で、こうした気遣いを忘れない。
俺は自分の欲しいものより、なんて答えたら無難かな、と考えていた。
「電子辞書がいいな」母さんは一生懸命情報を調べて、俺に最新の電子辞書を買ってくれた。
大学に行っても使えそうなやつ。
「ありがとう……」
そっけない答えしかできないけど、嬉しかった。
静かなフランス料理店。食事中、ちょっとだけ、母さんと会話が弾んだ。
でも志望校の話になると、俺は微妙に話をずらした。
母さんは俺がT大を受験すると思っている。ぎりぎりまで、Q大志望であることは黙っていようと思った。実家に一泊して、翌日部屋に帰った。
ちょっと疲れを感じる。
実家で過ごしているときは気を張っているから、感じない疲労。
今回の帰省では、母さんと気まずい雰囲気にならなくて、よかった。守と同居してる部屋だって、最近じゃ、橋本兄弟にひっかき回されて気の休まるときがない。
集中しづらいから、放課後は図書室で勉強してから帰宅したりしてる。
それでも。この部屋に帰ってこられると、ほっとする。玄関に荷物を下ろすと、俺はたまっていた何かを吐き出すように、大きくため息をついた。
暗いリビングに照明をつける。
すると、ぱっと目に明るい色彩が飛び込んできた。「スズ、誕生日おめでとう!!」
守が天井に向かってクラッカーを鳴らした。
俺はびっくりして、素で飛び上がった。「おかえりー、鈴哉!」
ネイトが抱きついてきて、頬にチュッとキスをされる。
「はしゃぐな、隣に響く」
リュートの不機嫌そうな声。
テーブルの上には、デコレーションケーキとフライドチキン。その他もろもろの料理。
いくつかのプレゼントの箱。
俺は数秒かけて、事態を理解した。「た、ただいま……」
まとわりついてくるネイトの手を引きはがし、答える。
これっていわゆる、あれか……?「チッ、やっぱり秋野、ノリわりぃ。だからやだっつったんだ」
リュートが憎まれ口を叩きながら、俺に平たい箱を放って寄こした。
「なんでーリュート、予想通りじゃん」
ネイトと守がじゃれ合いながら、得意げに親指を立てる。
「イェッス! イッツサプライズパーリィ!!」
英語のカテキョについてるとは思えない、守のカタカナ発音。
こいつらが、このもろもろを準備したのか。俺はかーっと頭に血が昇って、ものも言えずに立ちつくした。
お前ら、いい年して。
俺と守は受験生だぞ。こんなことしてる場合じゃないだろ。守とネイトが楽しそうにはしゃぎながら、料理を取り分け、コーラを注いでいる。
「プレゼント、いらねーのかよ。なら返せ」
リュートがギロッとこちらを睨みつけてくる。
「いや、そんなことは……」
俺はいつもの席に座り、平たい箱の包装を解いた。
リュートからの贈り物は、ストライプの柄が入ったマフラーだった。
「お前、地味なんだから服装くらい気ぃ遣え」
「これ、リュートが選んだのか……?」
リュートがぷいっと横を向く。
予想外だった。
俺は、たとえ守が「スズと付き合ってもいい」と言ったって、
ネイトが「このヘッドホンお前にやる」と言ったって、これほど驚かなかっただろう。信じられない。リュートが俺にプレゼントをくれるなんて。
……というか、正直、感激した。それは嘘じゃない。
「ありがとう、リュート」
腑抜けたまま、俺はリュートに礼を言った。
なんだか、ぶっきらぼうに響いてしまう。
『親しき仲にも礼儀あり』 俺の座右の銘だ。
リュートの態度があれでも、礼はちゃんと言わなきゃ。「フン、そういうとこがじいさんそっくり」
「えっ」
「なんでもねえ」
守は、「スズ、本が好きだから」と、『もしもサッカー部のマネージャーが「ヤンデル教授の白熱教室」を読んだら』という本をくれた。
通称『もしデル』、最近のベストセラーらしい。
「たまにゃこういうの読んで頭休めろよっ」だって。
全く説得力がない。お前の部屋にある本の95パーセントは漫画じゃないか。
でも、守が俺のために選んだくれたのかと思うと、嬉しい。ネイトはSDカードをくれた。なくさないように、ナスの形をしたUSB用カードリーダーに刺してある。お前これ、最高にクールとか思ってんだろ。
「俺の好きな曲入れといた。愛のコンピレーション! またカラオケいこーなっ」
うっ、二重の意味でいやな予感。クラシックとJ-POPとロックとジャズと子守唄がランダム再生されそう。そして。
再びリュートの睨み殺しそうな視線が刺さってくる。だから、そういう目で俺を見るのやめろって。
お前は俺なんかよりずっと守に好かれているし、ネイトにも大事にされてるだろ。
一方俺は、誰かの「一番」にはなれないし、誰かの「代用品」でしかない。
そういう現状に今、適応しようとしている。
俺が望んでも手に入らないポジションを、お前は全て持っている。
正直、お前にやっかまれる謂われはない。
まあ、マフラーはありがたく使わせてもらうけどな。
「鈴哉、眼鏡やめてコンタクトにしねーの」
微妙な雰囲気をまぎらせるように。ネイトが話を振ってきた。
いつものヘラヘラした調子で。
「コンタクトは、ちょっと……」
「挑戦してみろって、なんだったらコンタクトプレゼントしたのになー。
鈴哉、たまには眼鏡はずせ。どっかの日本語教師みたいでだせー」
「うるせえ、兄さんは黙ってろ」
俺は驚いた。俺がネイトに言い返す前に、彼をやりこめたのはリュートだったからだ。
俺をそっちのけにして、兄弟はわけわからんことでしばし口論していた。
何の話をしてるんだ、こいつら。
いつものことながら、入っていけない。「ま、まあそろそろケーキ食おうぜ」
いい加減御馳走に突撃したいらしき、守が提案する。
彼はケーキの上に長いロウソクを1本、短いのを8本立てて着火した。「改めまして、スズ、誕生日おめでとう!」
守が盛り上げ、ネイトがはやし立て、リュートがいやそうに拍手する。
「スズ、ちゃんと願いごとしてから消せよっ」なんか、喜んでいいのか微妙な感じだったけど。
でも、でも…… 嬉しかった。
俺はうまくそういうのを表に出せないけど。
みんなが普通の友達みたいに、誕生日を祝ってくれたのが嬉しかった。こんな受験前の大事な時期に、橋本兄弟に闖入されて、俺の生活はめちゃくちゃにひっかきまわされているけど。
否応なしに人生のターニングポイントにも立たされているけど。
でも、今だけは。
みんなが俺のことを気にかけていてくれたのが、嬉しかった。俺の望みはなんだろう。
これから、どんな風に生きていけばいいんだろう。守が部屋の照明を落とす。闇の中に、浮かび上がる小さな炎。
俺の本当の希望。
それは、今は誰にも告げないでおこう。
俺は心の中で願いごとを呟き、そうっとロウソクの火を吹き消した。
END
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(あとがき)
小さな絵と、giftの鈴リュSSに萌えて、リュートの「お前地味なんだから服装くらい気ぃ遣えよ」の台詞を入れたかったのです。リュートにとって鈴哉は、好きだったけどもういない、「礼儀にうるさい」おじいさんに似た性格と、日本語教師に似た外見を併せ持つ存在。
なので好意と反発を覚える。(顔を合わせればギャイギャイ言い合う感じが、じいさんとのやりとりを思い出させる)ネイトにとっては鈴哉は、「枕みたいな匂いのする」どこか安心できるなつかしさを感じさせる存在。であるとともに、「リュートがかつてなついた日本語教師 (←ネイトはこの人が嫌いだった)」を思わせる眼鏡をかけた、いじめたくもなる存在。…だったのでは、と妄想しております。
鈴哉は自己価値感が低いので、自分を卑下していますが、恋愛じゃなくても、ちゃんと周りに愛されてると思います
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本編でスルーしてしまった鈴哉の誕生日をでん六さんが祝ってくださりました!ありがとうございます♪
おじいさんと先生は、今後ネイトの回想などに描いていきたいなと思います。でん六さんは鋭いです(*゚Д゚*)
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