はる様:ドーナツタウン
(守×リュート)
「ありがとうございましたー!」
明るい店員の声が聞こえると同時に、背後で自動ドアがしまる。
「…で、なんでお前はそんなに買ってるんだよ…、飲み物買いに行くだけって言ってなかったか?」
歩くたびにがさがさと音を立てるレジ袋を横目に、リュートは大きくため息をついた。
もともとは勉強が一段落した時、何か飲み物でも、と言いながら冷蔵庫を覗いた守が、飲み物の類が冷蔵庫にほとんどないことに気付いたのが発端だった。
ごめん、今からちょっと行って買ってくる。そう言って立ち上がりかけた守に、何度も大丈夫だと伝えたものの、守も譲らず。結局、勉強の息抜きがてら2人で行こうということで落ち着いた。
だから、本当に最小限の飲み物を買う程度だろうと思っていたのに、どうしたことか。
今、守が腕に下げているレジ袋はお菓子やら飲み物やらで膨れている。
「いやー…そのつもりだったんだけど…。新しい味とか期間限定のやつとかが出てるの見たら買いたくなって、つい…」
「お前は考えが甘いんだっての。あんなの企業の戦略にすぎねーし、それに付き合ってたらいくら金あっても足りねーだろ」
「分かってるけど…。だって、どんな味か気にならねー?」
「ならねー」
即答に、えーと口をとがらせる守を横目に、俯いて小さく息を吐く。
そもそもあまり流行ものは好きじゃない。新しいものを押し出して、発売当初は人々がそれらをこぞって買い求めるが、飽きると見向きもされなくなる。経済効果をあげるための戦略だ、そう割り切ってはいても、その仕組みがどうしても受け入れがたいから。
「まあみんなで食べれるし、スズとかネイトとかと一緒に食べよ」
ぱっと明るく表情を切り替えた守がそう言って、あ、そうだ、とごぞごそとレジ袋の中を探る。
はい、と手に押し付けられたのは好きな銘柄の飲料。
「ほら。これリュートの好きなやつだよね。さっき買ったんだ」
「…サンキュ」
どういたしまして、と笑う守に、礼を言いつつもふい、と俯く。
守の飾らない優しさは、まるで包み込んでくるようだから。
こそばゆくて、少し照れる。
他愛ない話をしながら、2人並んで帰り道をゆっくりと歩く。
もう日は暮れ始めていて、まばゆい西日に照らされて、2人分の影が長く伸びる。
と、守が唐突に立ち止まった。
「楽しそうだなー!なにやってんだろ」
「??楽しそうって何が…」
目に入る風景は別段変わり映えもないただの街並みで、戸惑って守を見る。
「え、聞こえない???」
守の言葉に、足をとめて耳をすませる。
かすかに聞こえてきたのは、子どもたちの笑い声。
「…ああ、確かこのあたりに公園が…っておい!どこ行くんだよ」
公園という言葉に懐かしさと苦さを覚えて一瞬自分の思考にひたりかけたが、完全に帰り道とは別の方向に足を向けた守に気付き、呼び止める。
「え、だって何やってるか気にならない?」
「ならない!」
首をかしげながら守が言うので、きっぱりと断言する。
と、守は一瞬困った顔をしたが
「えー…ちょっとだけ!ちょっと!」
「ちょ…」
そう言って反論する間もなく歩き出した守の背中に向かって声をかけようとしたが、耳に入っているのかいないのか。
ずんずん進んでいってしまうから、一つため息をついて、あきらめて追いかける。
「お前、歩くの早すぎ…」
「あ、ごめん」
ようやく立ち止まった守に、息をきらしながら文句を言う。
いくつか角を曲がった先に、その公園はあった。
ひょい、と公園の中を覗いた守につられて、公園の中に視線を移す。
公園自体はいたって普通の公園だ。
小さな滑り台にブランコ、シーソー。そして小さなベンチ。
公園の中で小学生だろうか、3、4人がシャボン玉を次々に吹いて、きゃっきゃっと楽しそうに笑いあっている。
子どもたちが無邪気にはねまわっている姿を見て、なんだかとても懐かしい気持ちでいっぱいになる。…懐かしくて、苦しい。
こういう気持ちになると分かっていた。だから、来たくなかったのに。
夕暮れ時の橙色の光を浴びてきらきらと輝くシャボン玉。
守の少し後ろでぼんやりと突っ立っていると、風にのってきたシャボン玉が近くまで漂ってきた。
ぼーっとしていたからだろうか。
気がついたら、シャボン玉の方に手を伸ばしていた。手が触れた瞬間、当然のようにシャボン玉は目の前ではじけて、消えた。
「あ…」
その瞬間、ドキン、と変な風に心臓がはねる。
一気に頭から冷水をかぶったかのような、そんな感覚。
やばい、と咄嗟に思う。
嫌なことを思い出してしまいそうだ。
震えそうになる手を、ぎゅっと握りしめる。
考えるな。考えるな、考えるな。
「シャボン玉かー、懐かしなー」
目を細めて微笑ましそうにシャボン玉を眺めている守の横顔が目にはいるが、自分を抑えるのに必死で返事をしている余裕すらない。
消えたシャボン玉。子どもたちの笑顔。笑い声。それらの光景が昔の記憶と混ざり合って、頭の中でぐるぐるとまわる。
昔、俺もあの子たちと同じように無邪気に笑って、はしゃいで。そんな時が確かにあった。
でもそんな日々は消えてしまった。俺が壊してしまった。
シャボン玉が触れたら消えてしまうことくらい、当たり前だと分かっている。それなのに、こんなに動揺する自分がおかしいのも分かっている。
でも、自分が触って壊してしまった。その事実がとてもおそろしい。
そこまで考えてはっとする。
そういえば、最近は、そんなこと意識することもなくなってたけれど、今だって同じだ。兄さんがいて、守がいて、…まあ気に食わないけどスズナリもいて。そんな今も、うかつにさわったら壊れてしまう、そんな儚いもの。
そう考えた途端、怯えが背筋をつたいすぅーっと上がっていくような気がした。
笑い声あふれる公園で、何て場違いなことを考えているのだろう。無理にそう思うことで、笑おうとしたけれど、頬は強張って動かなかった。
怖い。壊してしまうのが、失ってしまうのが。
手足の先から、さあっと熱が引いていくのを感じる。
隣でシャボン玉を夢中で眺めている守が眩しい。
羨ましい。
ふわふわと色をまとって浮かんでいるシャボン玉にさえ、追いつめられていく気がして。
やけに心臓の音が大きく響いて、耳をふさぎたくなる。
「うわあ、にしてもすげーなー!なんでシャボン玉ってこんなにきれいなんだろ」
「…でもどうせ、消えるだろ…」
はっと気がついた時には遅く、無意識の内に口から言葉が滑り出ていた。
すごくこの場にそぐわない発言をしてしまった。変に思われただろうか。
どきどきしながら守をうかがう。
「?うん、そりゃまあ、時間がたてば…」
なんでそんなこと?と言いたげな守に、なんでもない、となんとか笑ってみせる。
何を当たり前のことを、いまさら。そんなこと、前からわかりきっているじゃないか。
「え、でもやりたい時に、いつでもできるだろ。やりたくなった時に、またやればいいじゃん」
また思考の海に沈みそうになっていたとき、紡がれた言葉に引き戻される。
確かに…、…いや、でもそういう問題ではなく…。
ぽん、と投げ込まれた言葉に、だんだん考えがまぜこぜになっていく。
「ああそっか!確かにこの年の男子が一人でシャボン玉やるのはちょっとはずいよなー」
「や、そういうことじゃ…」
逡巡していたのを、全く別の意味にとらえたらしい。突拍子のない言葉に、少し戸惑う。
「じゃあ、リュートがシャボン玉やりたくなったらいつでも言ってよ!一緒にやろうぜ!」
「は…」
目の前には、守の満面の笑み。それを見たらさっきまでの重苦しい思考はどこかにとんでいって。
的外れにも程があるだろ。気が抜ける。
そんな強がりを思ってみたところで、今感じているのは紛れもない安心感だ。
「どうしたの?」
「や、なんでも…」
ぴんとはった感覚が一気に緩み、温かいものが流れ込んできたのを感じ、ほっと息を吐く。さっきまで凍り付いていた血が、まためぐりだしたような、そんな感覚。
そっと守の顔を伺う。と、目に入ったのは、温かい笑顔で。
ああ、なんで、コイツは。
言葉にならない思いを抱えつつ、その横顔をそっと眺める。
視線に、感謝、憧憬、そして少しばかりのいとおしさをのせて。
しばらく2人して黙ったまま、きらきらふわふわ公園内を揺れるシャボン玉を見つめたのち、守が思い出したように口を開いた。
「あ、そうそう!シャボン玉と言えば、俺やってみたいことがあるんだよねー」
「?なんだよ?」
「えっと、でっかいシャボン玉作って、中に入る!」
「子どもか…」
一切曇りのない笑顔で言い放った守に突っ込みつつも、発想がすごく守らしくて自然にくすっと笑みがもれた。
「シャボン玉の中に入ったら、外ってどう見えるんだろうなー…やっぱ虹色に見えるのかなー?なあリュートはどう思う???」
「馬鹿じゃねーの、そんな訳…」
勢いで言いかけて、はたと考える。確かに…もしかしたら。
「…やってみなきゃわかんねーよ、そんなこと」
「だよな!」
「…まあ…」
途端に嬉しそうにはしゃぎだす守に気のない素振りで返しつつも、少し心を動かされたことは否定しようもなく。
「なーなー、今度試してみよーぜ!」
「どーやってシャボン玉の中に入るんだよ、その時点で無理だろ」
「いや!俺、前にシャボン玉の中に人が入ってるの、テレビで見たことある…気がする」
「え、でも機材とか必要なんじゃ…」
「いや、そんなすごい感じじゃなかった!なー試してみようぜ!!!」
「あー…まあ受験終わったらな」
「…ソウデシタ…」
途端にしゅんとする守を横目に、ぼんやりと先の未来に思いをはせる。
先の約束をするのは、いつぶりだろう。こんなに未来が楽しみになるのも。
虹色の世界が見られるのならシャボン玉も悪くない。
そう思い、もう一度公園の方を振り返る。
光の差し方が変わったからだろうか。目に入ったシャボン玉は、見たことがないような、とてもあたたかい色で光っていて。
本当にいつぶりだろうか。その色は心から綺麗だと思えた。
END
守の無自覚な愛情に育まれるリュートの図が私のツボにストライクすぎて…!
救済系BL大好きです。シャボン玉のように繊細で綺麗な小説をありがとうございました。
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